「自分を大切にする、とはどういうことか?」(霊学深考会2026年10月報告)

【自分を大切にする、とは、ラクに、何の苦労も無く生きていくことではありません。偽りの幸せや幻想の中にいることに気づき、そこから脱出して、自分の力で地に足のついた生活を送っている、その実感を日々感じて生きることなのです。】
実践哲学の中で加納眞士先生から教えていただいた言葉です。

◎今月のテーマ 「自分を大切にする、とはどういうことか?」

テーマに沿って「自分の心や身体を労わるために、してあげたコトや、してあげたいコト」「その理由と、理由の内側に隠れているモノ」について皆さまと一緒に考えていきました。

私たちが、「自分に○○をしてあげたい」と思うとき、なぜ、それをしてあげたいのでしょうか?

例えば、心や身体を弛めたくて飲むお酒や、ご褒美と言って食べる食事。それは本当に心や身体を労わっていることになっているのか、という疑問が生まれました。

【「自分にご褒美」も一時的なものでしょ。それは、日常を辛いもの、苦しいもの、と仮定しているからのように思います。】と加納先生は書かれています。

個人的に、今回の学びの中で食事について考えるきっかけをいただきました。
自分を大切にすることの一つに「本当は自分に最も時間をかけてあげたいですよね」という言葉をお聞きしたときに、その問いは、いろいろな所に通じているように思いました。

例えば、食事の時。
これ食べたい? どのくらい食べたい? いつも自分に聞いてあげていたか、聞いてあげていたとしても、自分からの答えを待ってあげられていたのか、考えずに即決したり、記憶の中で食べていたのでは、と考えました。

「自分を大切にする」食べ方にしていくには

本当に食べたいか、自分に聞く
↓
食べたいときは、一口食べる
↓
自分の振動が変わる
↓
振動が変わった自分が食べたいか、どうしたいか、また聞く

私は、食べるのが早い方なので、あまり「聞いていない」ことに合わせて、聞いていても、その答えを「ゆっくり待っていなかった」ので、自分に聞いてあげたいと思いました。

また、「なぜ、待てないのか、なぜ食べるのが早いのか?」と考えたとき、食べながら、これ食べたら太るかも、食べ過ぎないように、と自分へのチェックが入っていました。

食べ過ぎないように、と思いながら食べる
↓
無意識に、頭を静かにしたくなる
↓
そのため、さらに食べてしまう

悪循環でした。。。

そして、食べたら太るかも、と考えている前提は「見た目」と繋がっていました。

グループワークのときに、「自分のことをどう思っているの?」と聞かれ、ふと出た言葉が「汚い」でした。そして、その言葉をかき消すように、「綺麗じゃない」という言葉が次に出てきました。そうかぁ。。私は私を「汚い」と思っていました。

霊学深考会後に、ソフィーチェで食事会をしました。ゆっくり自分に聞きながら、美味しいなぁと思いながらいただいたら、いつもより少ない量で手が止まりました。心も身体も満たされ、これが本当に労わるということなのだと思いました。

加納先生から教えていただいた「微食」は、「腹六分目。美味しいモノをちょっとだけ。」という食を楽しむ論理です。食べる量を少なくすることで、血がきれいになり、心も身体も健康になっていくのですが、微食は自分を大切にする方法でもあったと理解が深まりました。

【変わった先の自分がどう考えるかは、今の自分にはわからない】
食べる前の自分には、一口食べた後の自分がどう考えるかはわからない。
これは食事にも通じる考え方でした。

【そのままの自分、現実と幻想の違いに気づいた自分、その自分を「よし」とするとき、私達は限りなく自分を大切にしていることになるのです】
今日も「自分を大切にする」気づきをいただきました。ありがとうございました♡

ムギルナラテ

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