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20番目の夢

カテゴリ : 
今週のコラム
執筆 : 
BLBLBL 2014-11-25 20:00
『と』時を超える夢

   目の前のその巨石には、奇妙な彫刻が施されていた。
 巨石を地元の人たちは、こう呼んだ。「シヴァの山」と。
カイラーサナータ寺院。シヴァを祭ったヒンドゥー教の聖地の一つである。
 カイラーサとは、ヒンドゥー神話の中でシヴァ神が住むとされているヒマラヤのカイラーシュ山のことである。
 インド・ボンベイのアウランガバド地区、デカン高原の南斜面に位置するエローラの石窟の名で知られている一角。
 あたりは、観光客でいっぱいだった。ほとんどが巡礼に訪れた現地の人で、彼らの赤や青、黄色のサリーや、生成の木綿の服からは、砂埃と香辛料と汗とナツメヤシの油が奇妙にブレンドされた匂いが香った。観光客目当ての冷たいソーダの飲料水売りやクローブとシナモンの香りがするチャイを売る者もいた。
 エローラの石窟は、一七世紀のフランスの旅行家テブノーによって発見された。
 石窟は、熔岩の丘を堀り抜いて造った三四の寺院群からなっている。七世紀から九世紀にかけて造営されたと推測されているが、珍しいのは、ここに仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の寺院が同居していることである。仏教窟一二、ヒンドゥー教窟一七、ジャイナ教窟五の寺院がある。それらが同じ時期に造られた。信仰の違う者同士が、同じ環境の中で修業に励む様式は、現代にもない。
 カイラーサナータ寺院は、普通の寺院建築ではない。
 石造りの寺院は珍しくはないが、一筆書きのように、巨大な岩山を堀り抜いて造った物はここにしかない。どこにも石を継ぎ足した跡がない。石の柱で組み立てているのでもない。間口の広さ四六メートル、奥行き八三メートル、高さ三二メートルにもなる。現在の10階建てのショピングセンタービルと等しい。
 岩山をそれこそ彫刻刀のようなもので、根気よく削っていったというのである。しかも、中をくりぬき、空洞にして幾つもの部屋まで造ってある。
 「このカイラーサナータ寺院は、上から掘っていきました。一五〇年かかって、
親子三代で掘りました」
 地元のガイドは、まるで見てきたように言う。
 デカン高原に興ったラーシュ・トラクータ王朝の最盛期のクリシュナ王の時代に着工された。当時のインド人の平均寿命が三〇歳とされているから、実際には三代どころか数世代に亘るのではないか。
 きっと、最初の設計者の意向を正しく伝えていくために、本当の親子代々に引き継がれた作業だったに違いない。
 ……そのとき、私はどこからか声を聞いた。
 「―この寺院を造ったとき、最初からすべての構造が見えていたのだ―」
 もし、あなたが建築デザイナーだとしたら、この声の意味するところがわかるに違いない。岩山に彫り込まれた巨大な彫刻物は世界にはいくつかある。しかし、中が空洞の二層三層になった建築物を堀りぬいていくためには、天井を支える柱部にかかる重量、圧力、力の逃げの計算など、恐ろしいほどの慎重さを要する。建築物の先端が上に行くに従って細くなっている物でさえ、全体の基盤にかかる重量は膨大なものになる。けれども、カイラーサナータ寺院の頭頂部は、人が何百人も乗れるほど平らになっているのだ。その総重量はおそらく数万トン。
 コンピュータで三次元立体図の設計図が作成できる現代でも、石だけで造る建築物は重量計算が至難の業なのに、コンピュータもなく、おそらく立体透視の設計図もなかった昔では、これだけの物を造っていくのは、奇跡に近い。
 三次元構造の視野を持つということは、宇宙を構造として捉える意識の進化段階と関わっている。
 ……ため息が出た。技術的なこともさることながら、親子何世代にもわたって、一つの岩山を削っていくという途方もない生き方に対してである。
一人平均二〇年の作業として、七代半で一五〇年間。気の遠くなる仕事である。自分が生きているうちには完成を見られない建造物を、どうして根気よく造ることができるのか? 私は、そのことに強く惹かれる。
 ……生きていれば、自分のやっていることに疑問を持つことだってあるのではないか? 神への信仰、だが、建築物を造ること以外にも信仰の道はあったのではないか? そう思ったことはなかったのだろうか?
 莫大な費用と人の数、先の見えない時間に自分の生を費やしていく。その作業に疑問はなかったのだろうか?……きっとあったに違いないのだ。人の心は移ろい変わっていく。
 けれども、カイラーサナータ寺院は、時を超えてそこにあった。
 約二世紀にわたる情熱の結果として、何百年もそこにあったのだ。
 自分が生きている間には、決して見ることのかなわぬ夢。それでも、そのための礎となろうとした人たちの遙かなる想い。
 ディープ・エコロジスト(自然との一体感を取り戻す)として国境を越えた環境保護活動を行っているアンニャ・ライトさんの言葉を思い起こす。
 「自分の努力と仕事の結果を、生きている間に確かめることはないだろうという事実を私は受け入れたのです」(雑誌『アネモネ』1999年4月号のインタビュー記事より)
 時を超えて受け継がれる夢……。あなたは、どんな「意志」を残すのだろう。
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