……バラの起源は古く、紀元前三千年前のシュメールのウル遺跡からバラをかたどった像が発掘されたり、エジプトのピラミッドから発見されたりしていますが、原産地は小アジアだと云われています。もっとも、原初のバラは今のような芳香も色彩もなく、素朴な野草のようでしたが。でも、本当は、バラは金星から来た種なのですよ。隕石に乗ってね。
ところで、バラの花は好きですか?
ほとんどの方が「YES!」と答えられると思います。
何より、ゴージャスで美しく、セクシーで神秘的、「だから好き!」という人が圧倒的。
クレオパトラを始め、歴史の中でもバラを愛でた有名人はたくさんいます。詩人や画家、音楽家もバラに魅了されました。
じつは、バラの成分は長い歴史の中でどれほど研究分析を重ねても、分析しきれない未知の成分があるのだそうです。そこも神秘的ですね。
しかし……本音を言うと、私はバラの花が嫌いでした。
香りも良い、花びらに貴品がある。濃いグリーンに深紅のコントラストも美しい。おまけにチクッと刺すトゲまであるなんて、いい女の象徴みたいじゃないですか。
だから、嫌いでした。
けれど、本当は誰よりも惹かれていたのです。
誕生日にバラの花を贈りたい。あるいは贈ってもらったバラの花で部屋を飾りたい。一本のバラとレッドワインのグラス、うーん、絵になるじゃないか。
たった一本でドラマになる花なんてそうあるもんじゃない。
恋人と一緒なら、バラの花弁でバスタブを埋めて、周りにキャンドルを灯して、金色のシャンパングラスで乾杯する。
何に?って。そう、バラのある日々に。
ねっ、だからバラは嫌いなんだよ。
なんでもかんでも物語になってしまう。
でも、ある時考えた。
もし、自分がバラのように愛されるなら……。
人生は、どれほど素晴らしいものになるだろう、と。
たとえば、人を変えることはできないけれど、自分を変えることはできる、よね。
だけど、改めてそのことに向き合うとなると、“自分を変える”って、一番難しいじゃない。できれば、周りの人や環境が変わってくれればラクかなあ、なんて。
でもね、周りの人や社会が、どんどんと変わっていくときは、やっぱり自分も変わっているのね。
小学校から、中学校、高校、大学、あるいは社会人へと移っていくとき、それまで付き合っていた友人達と知らず知らずのうちに疎遠になっていったりするでしょう。別にケンカをしたわけでもない、キライになったわけでもない、なのに気がつけば、会わなくなっている。そして、そのことに別段悲しんでもいない自分が存在する。
あれほど、ずっと一緒にいようね、って約束した友だちだったのに……。
そんな時、「ああ、なんて薄情な自分……」って思う? 思わないよね、きっと。
それって、誰も深刻には考えないけれど、「自分が変わってしまった」証拠なんだよ。何十年も経って、「同窓会」なんかあると、周りの自分に対する見方に戸惑ったりすることってあるでしょ。「えーっ、私ってそんなふうだったのかな?」って。まあ、あなたも友人のことを記憶の中で、「こういう人」って思っていたから、お互い様だったりするんだけど。
そして、時が経っていることに、自分があの頃の自分とは違ってしまっていることに、自分で驚いたり、ちょっぴり悲しいと感じるのです。
人は、変わっていく。そして、世の中も……。
でも、ちょっと待って。世の中は、現象は確かにどんどん変わっていくけれど、消費も嗜好も多様化しているように映るけど、根本的な「ものの見方」とか「価値観」って、それほど多様化していないように感じない?
たとえば、人間の「所有欲」とか「執着」とか、「嫉妬」や「恐れ」「みんながこう考えるから、自分も同じように思う」とか……。時代は変わっても、人間の思考パターンや心情は変わっていないように思えない?
これじゃあ21世紀になっても、世界があまり20世紀と変わらないはずです。
地球や宇宙は、どんどんと本当の意味で変化し、進化しているのに……。
多くの人は、自分で、自分を縛っている。自ら、あるいは、知らず知らずにフィールド(物理的な影響を人に与える感情の磁場)にはまって。
私は、世の中に幾つもあるトラップのような「フィールド」をずっと観察してきました。そして、いつもさまざまな「執着」が人間の目や思考を曇らせているように感じてきたのです。
そこから人類の不幸や悲しみは生まれ続け、離れられないのだと。
でも、それはほんのちょっとした「きっかけ」で外れて、自由になることができるのではないか?
ものすごいエネルギーを使わないでも、気づいただけで、すっと外れることができるかも。
そう、あなたに、その気さえあれば……。
このコラムには人生のさまざまなフィールドを見つけて、そこからの脱出法を「秘密」という形でレシピのように書き留めてみました。
このコラムを読まれることで、あなたが少しでも人生を幸せに感じることが出来るようになれたら、役目は果たせるように思うのです。
その時、きっとあなたという一輪のバラが美しく咲くのでしょうね。私もちょっぴり自慢できます。
どうか、よろしくお願いしますね。